エンパシー

「自作の歌」は自分にとって何よりも大事な財産みたいなモノである。

その楽曲の著作権を(悪名高い)著作権協会JASRAC に登録などしていなくても、

それは正真正銘、自分の表現だし、

しかもそれを自分で気に入っているなら それ以上、何を望むだろう?

・・・・・・・えーと、誰かに聞いてもらえることを望むよな。

それも 出来れば多くの人に。

下手な鉄砲・・・・じゃないが、多くの人の中には「歌」に共感してくれる人がいるかもしれない。

100人聴いてくれたらその中に一人か二人、いるかもしれない。

共感してもらえたら勿論、何よりも嬉しい。

自分が間違ってなかった、と思える。

この荒波の砕け散るシステマティックで冷たい世界で僕は

「オマエは間違っている」みたいなことばかり言われながら生きてきた。

(転校生だから)喋り方が間違っている

ジャンケンのタイミングが間違っている

服装の趣味が間違っている

本ばかり読んでいるなんて間違っている

テレビ見ないなんて間違っている

髪の毛長いのは間違っている

算数の答えが間違っている

しまいには

生き方が間違っている

etc・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

徹底的に「世間」は僕に

「オマエは間違っている」というメッセージを送り続けてきた。今でもそうだ。

そんな中で、音楽と文学と「仲間」だけが、僕を肯定してくれたのだ、

少なくとも僕にはそう思えた。

あ、あと そうだ「ファッション」の世界も自由だった。

つまり

「センス」がすべてだ。

もともとの自分が多少、美しくなくても、才能のひらめきが感じられなくても、上背などなくても、

不器用でも、音感などなくても、商才などなくても、世ごとに疎くても。

「センス」を磨けばいいのだ。

それで、それだけですべてをひっくり返すのだ。

「センス」が僕の武器だ。

だから僕はそれを磨くことに夢中になった。

演歌やジャニーズが聴こえて来たら即座に耳を塞ぎ、

低俗なテレビはスイッチを消して周り、

下らない漫画は遠ざけた。

その他いろいろ。

そうして僕は「僕」をつくりあげたのだ。

でも

それで「世間」が僕を認めてくれたワケではもちろん、ない。

そんなの全然かまわない。

たとえ少数でも、共感してくれる人さえいてくれれば、

僕は「僕」が正しいと思える。

僕のセンスは間違ってない、と確信出来る。

そんな風に自己肯定出来れば

この先も、生きていけるではないか。

共感してくれている少数の人々に心からの感謝を捧げます。

アタシは、「世間」なんかに負けずにガンバロー、と思ってマス。

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